わんこが叶えた外出

そろそろ桜の便りも聞こえ、ここ北海道もかなり雪解けがすすんで、春めいてきました。
そんな時期に真冬の出来事をお伝えするのはいささか気が引けますが、2010年度私たちの心に残った一つの取り組みをご紹介します。

きっかけは、病室に飾られた一枚の家族写真でした。
部屋の主は80代のAさん。
にこやかに微笑むご家族と一緒に写っていたのは、熊と見紛うような大きなわんこと小さなわんこ。
Aさんは、入院前まで自転車に乗り、ゲートボールを日課にしていた元気な男性です。でも、病気のせいで酸素をはずすことができません。
クリスマスイブだったその日の受け持ちナースは2年目のMさん。Aさんが「1回帰りたいな。犬にあいたい」とつぶやいた言葉を聞き流すことができず、主治医のS医師や先輩看護師に相談を持ちかけました。
「ご自宅の様子はどうなのか」「外出をご家族は受け入れられるのか」「酸素はどうする」「移動手段は」・・・。
解決しなければならないことがたくさんありました。でも、既に年の瀬も迫っていたこの時期を逃すと、Aさんの体力では年明けに外出する元気はないかも知れません。
酸素の業者さんは、すぐに外出用の酸素ボンベを手配してくれました。
送迎は病院の施設管理課が請け負ってくれました。
先生からの説明で、ご家族も外出を快く受け入れてくれました。

翌日から年末年始の休診に入るその日、私はAさん夫妻と送迎車に乗り込みました。
Aさんは、時々窓の外に視線を向けながら、静かに座っていました。幸い車酔いや呼吸が苦しくなるようなこともなく、無事ご自宅に到着。家では定位置のソファで時々横になりながら過ごされ、2匹の愛犬の頭を撫で、少量の茶碗蒸しを口にしました(食欲がなくて、病院ではほとんど食事が食べられなかったのに!)。
心配そうにAさんを迎えたご家族も、家でくつろぐAさんの姿を見て、「この状態で外出なんて、想像もしなかったけど、ソファに座っていると入院前と変わらなく見えました。外出して本当に良かった、ありがとうございます」と喜ばれ、次の外出の機会を楽しみされていました。

残念ながら、2度目の外出の機会をもてないままAさんは帰らぬ人になってしまいました。

後に病棟にご挨拶にいらした息子さんから、改めて外出できたことへの感謝の言葉をいただきました。

Aさんがもう一度外出できれば、外泊できればと思いは尽きませんが、家に帰ることを望みながら病院のベッドで寝ている方たちの思いにこたえられるよう、これからも私たちの実践は続いていきます。
Aさん・ご家族の皆様・協力していただいた皆さん、本当にありがとうございました。

                                5階西病棟 Y主任